昔から、全く理解できなかった女性の習性のひとつに、「人の結婚式に出席する度に新しい服を買う」というという行動があった。とりわけ20歳代後半から30歳代前半の女性にとって、「今度、◎◎ちゃんの結婚式に行かなくっちゃ」という言葉と「新しい服を見に行かなくっちゃ」というのは同義である。ほぼ間違いなく。
でも、まさか自分が同じような行動に出るとはついこの間まで夢にも思わなかった…。
今度の土曜日は弟の結婚式。一週間前になって、ふと着ていく服がないことに気付いた僕。一応、礼服用の黒いスーツはあるのだが、確かコナカか青山かで適当に買った安物だ。うーむ、これでも怒られはしないのだろうが、いかにも物足りない。親族としてお嫁さんの家族らの前に出て行くのに、やっぱりちょっと格好良くありたいと思う。
ただ、僕はあんまりファッションのこととかよく分からないし、普段から着る服にほとんど無頓着といってもいいくらい。ブランドの名前もびっくりするぐらい知らないし、何をそろえてよいのやら…。途方に暮れて、さっそくいつも行くバーのマスターに相談した。
「マスター、いいスーツってどこで買ったらいいんやろか」
「…!!…どうしたん?何?何?」
服に興味を抱いたというだけで驚かれるという現実に少なからずショックを受けながら、僕は事情を説明した。要は弟とか家族の前で、パリッと決めていきたいのである。かといって、いきなりカネにモノをいわせた有名ブランドで固めるのも下品に感じるから、そこを何とかしてほしいのだ。
ふむふむ、と話をきいていたマスターは一言、「いいとこあるよ」と頼もしい。「僕もいつも買っているとこやねんけど、梅田のNってお店。モノに間違いなし」。聞けばそこは小さな老舗のテーラーで、海外の有名ブランドなどにも品物を卸しているのだという。そこから有名ブランドに卸された品物は一般のショップで20万とか30万とかの値を付ける。だが、そのテーラーで買うオリジナルは、生地も仕立ても全く同じで、ほとんどデザインも変わらないのに、値段だけ3分の1とか半分くらいになるというのだ。「どうしてもブランドの名前が欲しいっていうのなら他を当たったほうがいいけど、でもNはいいで。有名ブランドの大阪や神戸の店長さんらがプライベートの服を買いに来るとこや」
そうそう。まさに僕の願ったりかなったりのところ。やっぱり相談事の相手は、気心知れた博学のバーテンダーに限るなあ。
「しかも、あそこの店長さん、君も一緒に飲んだことあるし、向こうはよく覚えとるよ。ほら夏ごろに隣の席になったやろ。あの人なら上から下までみんなそろえてくれはるわ」。そうだったのか…僕は酔っぱらい過ぎてかすかにしか覚えていないのに…いつの間にかそんな知り合い(?)ができていたとは。
で、めでたく本日、マスターと一緒にそのお店に行き、お買い物をしてきました。
…いやあ、服を買うのって楽しいんだなあ。
ああでもない、こうでもない、これも見たい、ちょっと合わせてみても良いですか、などとあれこれ選ぶこと2時間弱。文字通り、上から下まで一気に買い込んだ。スーツはもちろんなんだけど、驚いたのはシャツの「違い」。思い切って、ウン万円もするナポリ製の手縫いの高級シャツに袖を通してみたら、着心地がいいのなんのって…。肩や腕が楽なこと楽なこと。それでいて袖口はぴしっと決まって、無条件で気分が良くなる。「これ下さい。絶対下さい」と強調し、ぴったりのサイズの白シャツを取り寄せてもらうことにした。なんか、これまでの数年分の買い物を一度にした気分。
で、大きな買い物をしたにもかかわらず、やっぱりこうなると靴も欲しくなってきた…。そこそこの黒い靴、持っているのに…。
あ、そういえばバーの常連さんのNさんは、関西の時計職人の間ではカリスマ的な存在だって話しを聞いたことがあるな。…と、時計かよ。いや、とりあえず時計のことは忘れよう。単価がでかすぎる。でも、メガネだったら新しくもうひとつ作ってもいいかな…。
ボーナスが出た直後だというのに、すぐ溶けてなくなりそう…